2ヶ月で5キロ体重を増やしました。

こんばんは。山本です。

坊さんも走り回るほど忙しい「師走」、
いかがお過ごしでしたでしょうか?

いつもと変わらない1日なのに、
なぜか大晦日はワクワクしてしまう、
そんなあなたへ、今年最後のご挨拶です。



昨年から僕のメルマガを購読して頂いていた方の中には
「おい、最近全くメールこないじゃないか」とお思いの方が
幾ばくかはいらっしゃるかとは思います。
(いたらいいなという希望的憶測をたぶんに含んで)

ネタが尽きたということは全くなく、その逆で
お伝えしたいことは山ほどあるのですが、正直言うと
単にアウトプットという共有作業を怠っていただけです。
ごめんなさい。

というのも、物心ついた頃から寝ることが大好きな僕が、
ここ数ヶ月は睡眠時間3、4時間で過ごしており、
時間がない風を装いメルマガを書く時間を作ることを
後回しにしていました。ダメですね。

で、何をしているのかというとトレーニングです。

今までメルマガでランニングのことはお伝えしたことが
あったかとは思いますが、最近は数年ぶりにジムにも通い始め、
週7日で追い込んでおります。

ゴリゴリの運動系の部活をやっていた人からは
「お前の追い込みはまだまだだ」と言われるかもしれませんが、

健康のためとか、ボディメイキングでモテたいといった
チャラい目的でジムに通う人を横目に、フリーウエイト、
マシンジムで筋肉がキレるくらい追い込んだ後(実際に今、
広背筋が軽い肉離れで、デッドリフトができないな日々です)、
バイクかトレッドミルで運動強度を90%以上
(心拍数170以上を常にキープが目標)で、
お年寄りから白い目で見られながらも一人ゼェゼェ言いながら
全身の汗が重力に逆らえずボトボトと垂れるくらいの感じで
トレーニングをしております。

いいんだか悪んだかはわかりませんが、筋肉痛がない日があると
「トレーニングが足りてない」と不安になる日々を過ごした結果、
2ヶ月で5キロの体重増です。

いい感じ。

あっ誤解される前に先にお伝えしておきますが、
僕は決して最近流行の痩せマッチョとか、
ビルダーを目指しているわけではありません。

そりゃ身体を大きくしたいという気持ちはありますが、
それは僕の中では懸賞みたいなもので、
一義目的は「追い込みたい」だけですから。

ここだけ聞いたらただの変態ですね。

うん、いい感じ。

なぜ「追い込む」必要があるのか?


僕らは無意識に「合理的な思考」をしてしまいます。

(僕らは非合理な生き物だからこそなのかもしれません)

「合理的な思考」は、言い換えると「結果思考」って感じです。

具体的には、

痩せたいから走る、

稼ぎたいからネットビジネスを学ぶ、

みたいなもので、ふんわり言えば

「それをやると私に何の特があるの?」

という思考です。

会社組織等に属したことのある方なら
こんな人を思い浮かべることができると思います。

「評価に繋がらない仕事はしない」的な人。

まあここまでダイレクトじゃなくても、
「言われた仕事しかしない人」も同類ですね。

だって余分に仕事をしても、余計に給料を貰えるわけじゃないんだから。
(残業代とかは別として)

確かにその通りかもしれません。

会社のような限定規定された組織に於いては
「正直者が馬鹿をみる」という状況に置かれることは多いでしょう。

誰だって外れくじは引きたくありません。

でもさ、客観的に考えてみて下さい。

あなたは、そんな人になりたいですか?



以前ある知り合いがこんなことを言っていました。

「服(服飾)に何万もかける意味がわからない。

 例えば、本やセミナーは払った分以上の対価(知識など)が
 得られる実感があるから10万円だって払うけど、
 スーツや靴に10万円かけても、
 10万円分の対価が得られるとは思わない。」

どうです?

人には価値観と言うものがありますから、
他人がこれに兎や角言うことはできないけれど、
あなたはこの人に魅力を感じますか?ってことですよ。

魅力云々も個人的なことですからこれ以上は突っ込みませんが、
僕がここで何をお伝えしたいのかと言いますと、
こういった思考の帰結が



・結果、何もしない



になるということです。

「それは私に何の意味があるの?

 関係ないから、しーらない」

相対主義を通り越した、ライトなニヒリズム(虚無主義)です。

ニヒリズムなんて聞き慣れない言葉かもしれませんが
「虚無」という言葉どおり、
そこに「幸せ」的なものがあるとは思いませんよね?



方や、先程お伝えした「評価に繋がらない仕事はしない」的な
「結果(特に数字)の為だけ」というもの、
やりたいだけで女性に食事を奢る器の狭い男みたいなもんです。

やることだけしか頭にないから、相手の話や服装、仕草、
メニューや味、店の雰囲気、従業員の振る舞いなど、
学びになる情報が全く入ってこない(入ってきても華麗にスルー)。

「閉じた世界」しか生きていないと同義です。

この世界に「結果」なんてものはない。


僕は2ヶ月で体重を5キロ増やしました。

これは「結果」ではあります。

だって、5キロ増えたんだもの。

でも、これは同時に「過程(プロセス)」でもあります。

仮に、来月末(2016年1月末)には、
今より体重が2キロ増えていたとします。

だとしたら、今日までの5キロ増は「結果」ではなく「過程(プロセス)」です。

そう考えると果たして僕らの人生に「結果」なんてものはあるのでしょうか?

あったとしてもすぐに「過程(プロセス)」となる「結果」を目的に生きる生き方に、
僕らは幸せを感じることができるのでしょうか?



『ドン・キホーテ』の著者セルバンテスがこんなことを言っています。

「宿屋より道中の方がよい。」

確かに旅行等は、道中のハプニング的な要素の方が
記憶に残ってますよね。

またスペインの哲学者オルテガは

「真の生の充実は、満足や達成や到着にあるのではない。」

と言っています。

どんな仕事も振り返ってみるとそうです。

結果に満足しているようで、実はその結果に至るプロセスに
充実を感じているものです。

そしてあまりにも有名なジョージ・マロリーの

「そこに山があるからさ」

も伝えたい根本は同じなのでしょう。



これらを聞いて、あなたはどう考え、どうしたいと思いますか?



さてさて。

新年は誰しもペリエの炭酸水を飲んだときのような
フレッシュな気持ちになるものです。

今日のメルマガがそんなフレッシュさのライム的な要素になればこれ幸い。

よいお年をお過ごし下さいませ。

今年一年ありがとうございました!

山本

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