自信の源泉

「今の自分はまだまだだから・・・」

と行動をしない人は多いですよね。

これはある意味では、責任感とも言えますので否定するつもりはないのですが、この責任感を突き詰めていくと違った側面が見えたりするもんです。

どんな側面かと言いますと、、、

恥をかきたくない

です。

今の実力でこんなこと言って“バカな奴”と思われたくない

ってやつです。

真面目な人、勉強熱心な人ほどこの傾向は強いと思います。

こう思ってしまう気持ちは僕も痛い程わかるのですが、わかるからこそ敢えて言いたい。

じゃあ、いつになったら自信が持てるの?」と。

いきなりですがあなたに質問させて下さい。

「あなたは、補助輪なしの自転車に乗れますか?」

・・・多分、乗れますよね。

乗れるということは、乗る自信があるということ。

つまり、この質問を別の言い方で言えば、

「補助輪なしの自転車に乗れる自信ありますか?」

になります。

で、この“自信”はどこからきましたか?について考えてみたいのです。

「乗れるようになったから自信がついた」と言う人が多いかもしれませんが、果たしてそうでしょうか。

乗れるまでは自信がなくて、乗れた途端に自信がついた、、、

違いますよね。

・・・練習して、転んで、練習して、転んで、、、

この繰り返しの中にも自信があったはずです。

「まだすぐ転んじゃうけど、昨日よりは少しだけ長く乗れた」

ってな感じでね。

英会話も同じ。

ネイティブ並みに話せる人から見たら、一人で海外に行くくらいで自信を持たれても・・・かもしれませんが、当の本人からしたら自信になっているわけです。

そこから、あれがしたい、これがしたい、と単語レベルで言えるようになり、相手から「pardon?」と聞き返される回数も徐々に減ってきて、いつの間にか、たどたどしいかもしれないけれど、なんとなく英語でコミュニケーションを取れるようになっている。

「英語が話せるようになれば自信を持てる」

と思っている人の多くは、完璧を目指しすぎなのかもしれません。

「This one please.」だけでも、英語は英語ですよ。

通じたら、それはそれで自信なのです。

中国人、インド人の英語を話す時の態度を思い出してみて下さいよ。

ネイティブに向かって平気で

「Can you speak english?」

って聞くみたいですからね、あいつらは。

まっこれがいいか悪いかは置いといて、どっかの予備校講師が言っていたように「英語なんてただの言葉だ、やれば誰だってできる」は、そのとおりなのだと思います。

英語なんてただの言葉だ、やれば誰だってできる

結局、何がお伝えしたいかと言いますと、、、

アウトプットなしでは自信なんていつまでたってもつかないってこと。

最近では、これを脳科学的に説明もできるみたいですけど、心理学で言えば「セルフイメージ」、成功哲学で言えば「燃えるような熱意に支えられた目標設定」ってやつを意識するかしないかだけだと思います。



さて、ここまで自信の源泉について語ってはきましたが、自信満々に生きられないのも正直なところかもしれません。

それはそれで致し方ないことだと割り切りながら、最後にアントニオ猪木のこんな名言に思いを馳せましょう。

馬鹿になれ とことん馬鹿になれ
恥をかけ とことん恥をかけ
かいてかいて恥かいて 裸になったら見えてくる 
本当の自分が見えてくる
本当の自分も笑ってた それくらい 馬鹿になれ
(アントニオ猪木)



アリガトー

山本

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