ラジオ体操と日々やれること

「♪あーたーらしい朝が来た きーぼーのあーさーだ」

すでに騒がしく蝉が鳴く朝の6時30分、
近所の公園でのラジオ体操。

夏休みに入り、首から出席用のスタンプカードを
ぶら下げた小学生達が参加するようになりました。

出席スタンプがたまると何かくれるんでしたっけ?

僕にもスタンプカードくれないかな。

朝のラジオ体操とランニングになんのモチベーションも
見いだせないので。

意味もなく皆勤してみせるのに。。。

会社でのラジオ体操



以前勤務していた会社で、役員が一斉に変わったことが
あったのですが、

その際、午後三時のラジオ体操が義務づけられました。

工場でもなく、屋外でもなく、パソコンがずらーっと並び、
節電という名目で間引きされた薄暗い室内でのラジオ体操。

なぜか無性に嫌だったのを思い出します。

「お前らは規則に従って働きゃいいんだよ」

そんなことを言われているみたいで。

退職するまで一回も体操したことなかったなあ、、、



でも、今は誰に言われるでもなく
毎朝ラジオ体操に行っている。

不思議なもんですが、なぜなんでしょうか?

我が儘な自分と妄想世界



午後三時のラジオ体操。

今に思うと、結局は我が儘、
我が肥大化した自分がそこにいた。

被雇用人になりきれていない。

やるべきことをやらないダメな奴。

こんな奴の特徴は、現実世界からの逃避です。



僕らは、現実世界と妄想(理想)世界、
この2つの世界を行き来しながら生きています。

「あー金持ちになりたいなー」と「明日も仕事か」、
「理想の相手と巡り会いたい」と「出会いがない」。

で、我が前面にでている奴程、妄想(理想)世界に
生きがちなんですよね。

だって、自分(我)が思う理想世界に生きる方が楽だから。



「工場労働者みたいな働き方はオレの生きる世界じゃない」
と理想世界を振りかざし、ラジオ体操という現実から逃避する。

別にラジオ体操をしたからって
現実が変わるかはわかりませんよ。

でもさ、理想と現実を埋める努力は、
やっぱり現実世界でしかできないわけで、

その現実世界において、目の前にあることすら出来ない奴が、
理想云々を語ったって、それはやっぱり
負け犬のなんちゃらでしかないのかなと思う訳です。

目の前にあることをきちんとする。

簡単なようで中々できないことですけど、
やりがいはあるかな。

と言うか、やれることって
これくらいしかないのかな。。。



さあ、そんなことを考えながら、明日も
ラジオ体操に出かけたいと思います。

それにしても、ラジオ体操に出席している人を見渡すと、
老人9割、子供1割という日本の現実をまざまざと
見せつけられます。

ここまでありがとうございました。

山本

コメント


認証コード2299

コメントは管理者の承認後に表示されます。