夜と霧

こんにちは。
山本です。

この前の日常考察でAKB48を考察してから未だにAKB48にはまっております。僕らは日常同じ風景を見たならば、皆が同じ風景を見ていると考えてしまいがちです。もちろん、視覚として入ってくる情報は全て同じかもしれません。ただ、やっぱり見る人のその時の状況によって同じ風景だと思っていたものが、実はまったく違うものに感じられるのだと今はひしひしと感じます。僕は昔ある人から東山魁夷という有名な画家のこんな言葉を教えてもらいました。

東山魁夷 Higashiyama Kaii(1908-1999)
こんなにも美しい風景を見たであろうか。
おそらく、平凡な風景として見過ごしてきたのにちがいない。
もし、再び絵筆をとれる時が来たなら・・・私はこの感動を、いまの気持ちで描こう。

これは東山魁夷が終戦近くに召集を受けた際、爆弾を抱えて敵陣へ飛び込む惨めな特訓の合間にいつも見慣れた熊本城へ走らされる際の心情です。つまり

  • 平凡なものを仔細に見れば非凡なものが見えてくる

ということです。空があり、雲があり、木があって、土がある。親がいて、友達がいて、恋人がいる。学校があり、仕事があり、生活がある。テレビがあり、ゲームがあり、携帯がある。笑いがあり、苦しみがあり、愛がある。普段当たり前にある風景が実は当たり前ではないのかもしれない。日常気にも留めなく流れてしまっている風景が実は今の僕らにとってとてもかけがえのないなにかを教えてくれているものなのかもしれません。今の僕にとってその一つがAKB48なのかな・・・?

さてそれでは本日の読書考察はこちらです。

夜と霧

夜と霧
ヴィクトール・E・フランクル
池田香代子 訳
みすず書房

恥ずかしながら最近まで『夜と霧』の存在すら知りませんでした。まっ僕が単に知らなかっただけでかなり有名な本でありまして、それは「後世に残したい一冊」的なアンケートでは必ず上位に食い込んでいますし、世界17カ国で翻訳されている事実からも明らかです。アンネ・フランクの『日記』と並び評されている本ということで、あなたは既に読んでいるかもしれませんね。

『夜と霧』は邦題であって、原文のタイトルは"Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager" 、となり邦訳すると「ある心理学者、強制収容所を体験する」となります。著者であるヴィクトール・E・フランクルが実際に“体験”した体験記が夜と霧という本であります。実際に僕ら凡人は体験記と聞くと著者の主観を軸としたものを想像しがちですが、ヴィクトール・E・フランクルは夜と霧に普遍性を持たせて記録しています。フランクルが生身の体験者の立場にたって「内側から見た」強制収容所を描写し強制収容所の日常がごく普通の被収容者の魂にどのように映ったかをしめそうとしているのです。そしてフランクルは夜と霧を書く意味を本書でこのように記しています。

 強制収容所についての事実報告はすでにありあまるほど発表されている。したがって、事実については、ひとりの人間がほんとうにこういう経験をしたのだということを裏づけるためにだけふれることにして、ここでは、そうした経験を心理学の立場から解明してみようと思う。その意義は、強制収容所での生活をみずからの経験として知っている読者にとってとそうではない読者にとってでは異なる。第一の読者グループにとっての意義は、彼らが身をもって経験したことがこんにちの科学で説き明かされることにあり、第二のグループにとっては、それが理解可能なものになる、ということだ。つまり部外者にも、他者である被収容者の経験を理解できるようにし、ひいてはほんの数パーセントの生き延びた元被収容者と、彼らの特異で、心理学的に見てまったく新しい人生観への理解を助けることが、ここでの眼目なのだ。

「心理学者、強制収容所を体験する」から一部引用

それでは、この後世に残すべき名著と名高い夜と霧の読書考察は以下からです。

1.目標に向かうプロセス

まずは以下引用文を読んでみて下さい。

 一方の死に至る自己放棄と破綻、そしてもう一方の未来の喪失が、どれほど本質的につながっているかを劇的に示す事件が、わたしの目の前で起こった。わたしがいた棟の班長は外国人で、かつては著名な作曲家兼台本作家だったが、ある日わたしにこんなことを打ち明けた。
 「先生、話があるんです。最近、おかしな夢をみましてね。声がして、こう言うんですよ。なんでも願いがあれば願いなさい、知りたいことがあるなら、なんでも答えるって。わたしがなんとたずねたと思います?わたしにとって戦いはいつ終わるか知りたい、と言ったんです。先生、『わたしにとって』というのはどういう意味かわかりますか。つまり、わたしが知りたかったのは、いつ収容所を解放されるか、つまりこの苦しみはいつ終わるかってことなんです」
 わたしは、いつその夢をみたんですか、とたずねた。
 「1945年2月」と、彼は答えた(その時は三月の初めだった)。
 それで、夢の中の声はなんて言ったんですか、とわたしはたたみかけた。相手は意味ありげにささやいた。
 「3月30日・・・・」
 このFという名の仲間は、私に夢の話をしたとき、まだ充分に希望をもち、夢が正夢だと信じていた。ところが、夢のお告げの日が近づくのに、収容所に入ってくる軍事情報によると、戦況が三月中にわたしたちを解放する見込みはどんどん薄れていった。すると、3月29日、Fは突然高熱を発して倒れた。そして3月30日、戦いと苦しみが「彼にとって」終わるであろうとお告げが言った日に、Fは重篤な譫妄状態におちいり、意識を失った・・・・3月31日、Fは死んだ。死因は発疹チフスだった。
 勇気と希望、あるいはその喪失といった情調と、肉体の免疫性の状態のあいだに、どのような関係がひそんでいるのかを知る者は、希望と勇気を一瞬にして失うことがどれほど致命的かということも熟知している。仲間Fは、待ちに待った解放の時が訪れなかったことにひどく落胆し、すでに潜伏していた発疹チフスにたいする抵抗力が急速に低下したあげくに命を落したのだ。未来を信じる気持ちや未来に向けられた意思は萎え、そのため、心身は病に屈した。そして結局、夢のお告げどおりになったのだ・・・・。
 この一例の観察とそこから引き出される結論は、わたしたちの強制収容所の医長が折りに触れて言っていたことと符号する。医長によると、この収容所は1944年のクリスマスと1945年の新年のあいだの週に、かつてないほど大量の死者を出したのだ。これは、医長の見解によると、過酷さを増した労働条件からも、悪化した食料事情からも、気候の変化からも、あるいは新たにひろまった伝染性の疾患からも説明がつかない。むしろこの大量死の原因は、多くの被収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの素朴な希望にすがっていたことに求められる、というのだ。クリスマスの季節が近づいても、収容所の新聞はいっこうに元気の出るような記事を載せないで、被収容者たちは一般的な落胆と失望にうちひしがれたのであり、それが抵抗力におよぼす危険な作用が、この時期の大量死となってあらわれたのだ。
 すでに述べたように、強制収容所の人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的をもたせなければならなかった。被収容者を対象とした心理療法や精神衛生の治療の試みがしたがうべきは、ニーチェの的を射た格言だろう。
 
 「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」

 したがって被収容者には、彼らが生きる「なぜ」を、生きる目的を、ことあるごとに意識させ、現在のありようの悲惨な「どのように」に、つまり収容所生活のおぞましさに精神的に耐え、抵抗できるようにしてやらねばならない。
 ひるがえって、生きる目的を見出せず、生きる内実を失い、生きていてもなにもならないと考え、自分が存在することの意味をなくすとともに、がんばり抜く意味も見失った人は痛ましいかぎりだった。そのような人びとはよりどころを一切失って、あっというまに崩れていった。あらゆる励ましを拒み、慰めを拒絶するとき、彼らが口にするのはきまってこんな言葉だ。

 「生きていることにもうなんにも期待がもてない」

 こんな言葉にたいして、いったいどう応えたらいいのだろう。

「第二段階 収容所生活 教育者スピノザ」から一部引用

「生きる意味を見出せず」

この文を読んでズキっと感じた人多いと思います。別にあなた自身でなくても、あなたの周りにいる誰かに重ね合わせてしまったからかもしれません。僕は何もここで

「あなたはアウシュビッツに収容されているわけでもないのに、生きる意味を見出せないなんて、なんて贅沢な悩みをもっているんですか!もっと今を一生懸命生き、命あること、生命の危機を日々感じなくてすむ幸せな時代・国に生まれたことを感謝し、他に役に立つ生き方を目指さなくてはいけないのです」

みたいな事を言いたいわけではありません。もちろん僕がそんな高尚な事を言える立場でもありませんし、正直言ってしまうとやっぱり僕らは日本に生まれ、2010年という時代に生活しているわけですから、強制収容所の体験記を読んだとしても、それを100%自己体験に置き換えることは難しいと思います。やっぱりどこかで「他の世界のこと」という意識が拭えないと思うのです。

とはいえ、時代・状況が変わろうとも人間の本質はそこまで変わらないと僕は考えていますので、フランクルの体験記はいまの僕らに何かを訴えかけていると思うのです。それを踏まえた上で夜と霧を読んで僕がいまあなたと共有したい学びは、

  • 目標は上書きである

ということになります。あなたは“目標”と聞くとどんなことをイメージしますか?もちろん人それぞれ目標にもつイメージは異なると思いますが、例えば、夏休みに25m泳げるようになる、なんて結構イメージしやすいですかね。学校によっては目標というより課題として取り組みさせられた人もいるかもしれませんね。そして、まずここで僕があなたにお伝えしたいことは、

  • 目標達成にはプロセスという階段が必ずある

ということです。まず、プールに入ったことがない人にとっては、「水に入る」というプロセスがスタートの階段になります。次に「水の中で目を開ける」。次に「水の中で浮いてみる」。次に「ビート板」「バタ足」「息継ぎ」・・・。といったようにクリアしなくてはいけないプロセスが必ずあるはずです。当たり前だと思いました?でもこれって結構忘れがちなんですよ。

僕らはよく節目節目に目標を立てると思います。例えば、新年に「週に2回はジムにいく」とか、「お金を毎月3万円貯める」とか、「今年中に資格をとる」とか。まー誰でも経験あると思いますが、この目標1月が終わる頃には「そんなの立てたっけ?」「あーそんなこと言ったよね」という具合にきれいさっぱり過去のものとなりがちです。こうなってしまう根本の原因は「目標が遠い」ということだと僕は考えています。違う言い方をすると「目標達成した姿が想像しにくい」ともいえると思います。それは、目標達成までのプロセスを意識していないから起こることで、スタート(現状)からゴール(目標達成)まで1歩で行きたい、若しくは行けるだろう、という僕らが本質で持っている怠惰なこころからくる挫折だと思います。そりゃそうですよね。100段の階段を1歩で駆け上がれるわけないのですから。でも僕らはそんな初歩的なことも忘れてしまう生き物なんです。そして、この目標というものをもっと突っ込んで、、、

  • 目標なんて永遠に到達できないもの

といってしまってもいいと思います。それは目標を達成したらそこで終わりますか?ってことです。先ほどのプールの例を挙げれば、25m泳げたらそこで終わるでしょうか。人によっては、50mを目指すでしょうし、人によってはタイムを縮める事を目指すかもしれません。また人によっては、シンクロを目指すかもしれませんし、人によっては、指導員を目指すかもしれません。このように、目標なんて結局全てプロセスに変わり、必ず新しい目標が生まれてくるのです。そう考えると僕らは常にプロセス(過程)でしかありえないのかもしれません。漠然と「お金持ちになりたい」なんていう目標を立てている人は、夜と霧でいえば3月31日に発疹チフスで倒れた被収容者Fと同じです。勇気と希望が喪失している状態と換言してもいいです。僕らはプロセスであると意識して、目標に少しでも近づくように生きることが大切なのではないでしょうか。

「なぜ生きる」「どのように生きる」といきなり言われても、ちょっととっつきにくいですよね。いきなりそんなに高尚な問いを立てなくても、具体的な小さな目標(プロセス)を立てていけば、いまの自分を見失う確立は小さくなると思います。経験したプロセス毎に見える景色が違いますから、その結果目標は常に上書きされていくものだと僕は考えます。

2.他のせいにしない生き方への挑戦

今日は引用文が多く、且つ、長いため疲れるかもしれませんが、以下一読をお願いします。

生きる意味を問う
 ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほからならい。

 この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ごとに変化する。したがって、生きる意味を一般論で語ることはできないし、この意味への問いに一般論で答えることもできない。ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにかではなく、つねに具体的ななにかであって、したがって生きることがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、ひとりひとりにたったの一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。具体的な状況は、あるときは運命をみずから進んで切り拓くことを求め、あるときは人生を味わいながら真価を発揮する機会をあたえ、またあるときは淡々と運命に甘んじることを求める。だがすべての状況はたったの一度、ふたつとないしかたで現象するのであり、そのたびに問いにたいするたったひとつの、ふたつとない正しい「答え」だけを受け入れる。そしてその答えは、具体的な状況にすでに用意されているのだ。

 具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向きあい、この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代わりになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引きうけることに、ふたつとない何かをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。

「第二段階 収容所生活 生きる意味を問う」から一部引用

はたして僕らは誠実に「生きること」への問いの前に立てているだろうか。生きることへ何かを期待するのではなく、生きることから問いを出されているという状況に。僕らはいまこの『夜と霧』という名著に出合えた事に意味を見出す必要があると個人的には思っています。

というのも、僕らは得てして今の状況を周りの環境の所為にしがちです。景気が悪いから、お金がないから、出会いがないから、親が反対したから、友達がすすめてくれなかったから、と。今の状況に満足いかない場合全てを自分以外のせいにしてしまうのです。たしかに、人のせいにするのって楽ですもんね。もちろん僕にもそういう経験がありますので、偉そうに説教できる立場ではございません。

ただここで、フランクルが僕らに教えてくれている「生きる意味を問う」からあなた自身の何かを学ばなくてはいけません。僕らでは想像することはできない地獄、安易に表現してはいけないような地獄(強制収容所)での体験を通じて僕らに伝えてくれていることはきっと今の僕らに勇気を与えてくれます。

  • 生きることから何かを期待せずに、生きることが僕らに何を期待しているのか。

これは難しくても僕ら個人個人考えなくてはいけないことです。そして今この元気のない時代に生きているからこそ大事な問いであると僕は思います。これに関しては普遍的な答えを出すことは出来ません。あなたのいまの状況に応じて答えは違うからです。もちろんこんな小難しいこと考えなくても生きていけます。ただ、先ほどの目標に向かうプロセスを読んでいただいていますので、この問いを考えることはあなたにとって重要であると感じていただいているはずです。是非知恵熱がでるくらい考えてみて欲しいと思います。

以上、『夜と霧』の読書考察でした。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2010年10月20日
山本 和広

読書考察

  • 目標はプロセスとなり更新され、僕らに違う景色を見せてくれる。
  • 生きることがあなたに期待すること。それを考えるのは他のせいにしない生き方への挑戦である。

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