心の数値化に対する疑問

こんにちは。
山本です。

ヤクルトが引き分けました。いやーようやく「負け」なかった訳です。と、野球に興味ない人にはどうでもいい話ですが、セパ交流戦で未だ「勝ち」なしのヤクルトが今日は負けなかったというわけです。

いきなり野球の話をしましたが、特段僕が野球を好きでもなく、また、ヤクルトを好きなわけでもありません。ただ、友人に熱心なヤクルトファンがいて、最近の彼の様子を伺うと不憫でならなかったので、今日「負け」なかったというだけで、少し彼が喜んでくれればとついつい気にしてしまった今日この頃です。

まぁ今日の話は野球とは全く関係ないんですけどね。

では、今日の日常考察はこちらです。

1.心の数値化に対する疑問

さて、あなたは今まで生きてきた中で心の健康調査(メンタルヘルス的なもの)を受けたことありますか?同じような質問に永遠に答えさせられるあのアンケートです。学校でも、会社でも、最近は結構受ける機会が多いのではないでしょうか。勿論そう考えるには僕なりの理由があるのですが、どうでしょうか。

1度くらいは受けたことありますよね。

御託にもれず僕もあります。でも僕はこの類の診断に意味を見出せない性質なので、いつも問題を読まずに、単にマークシートの同じ列をひたすら黒くする、という作業を行います。設問は500問くらいありますからねぇ。同じ列をマークするだけでも重労働です。まっつまりはデタラメってことです。

でも、数週間後帰ってくる診断結果には、きちんと診断しました的な内容が記述されているわけです。

  • 最近気になることがあるみたいですね。
  • 1人で抱え込む性格のようです。
  • 理想が高すぎ、現実とのギャップを感じているのかもしれません。
  • 一度熱中してみるのもよいかと思います。
  • 人は時にスランプになることがあります。
  • あなたの健康はあなただけにではなく、ご家族や職場の仲間にとっても大切です。
  • 適度に感情表現することによって、周囲の人との相互理解が深まることがあります。

    (数年前にひょんなことから受けた「心の健康診断」結果から一部抜粋)

どうでしょうか。これって、僕がデタラメに埋めた結果ですよ。一見すると「なるほど」っとうなずいてしまうかもしれませんが、よーく具に見てもらえればわかると思います。・・・所謂誰にでも当てはまる内容だと思いませんか?この現代で生きる我々だったら、アウトサイダーのレッテルを張られていない限り、多かれ少なかれ誰にでも当てはまるようなことをつらつらと書いてあるだけなのです。
(なんの根拠もない占い師と一緒ですよね)

誰にでも当てはまる

もう一度いいます。これって僕がデタラメに書いて提出した結果です。

そもそも近代といわれる今日、科学革命以降は何でもかんでも「数値化」して世界を見ようとしています。物理然り、化学然り。ここ最近は何でもかんでも難しい式やら公式やらを出して数値化してますからね。行動心理学なんてのもその1種かもしれません。

そんな現代ですが、あなたは「心」を数値化できると思いますか?

今回のメンタルヘルスがいい例です。心は数値化できないんですよ。だって、我々の心って常に「動」じゃないですか?その一瞬だけ切り取れば「静」かもしれませんよ。でもそれは二元論的な考えに犯された結果の考え方です。

だって生きている限り我々は常に「動」ですから。

では、なぜ?このような心も数値化する必要があるのでしょうか?

これはあくまで僕の私見とはなりますが、やっぱり数値化すると「安心」できると錯覚できるんだと思います。ある一瞬の期間かもしれませんが「動」を切り取ることによって「数値」という形で可視化できることによって。

人間は見えないものに恐怖を覚えます。だから、見えるようにして安心したい、という欲求が働き、こんな意味のない健康診断が高いお金と引き換えに行われているのだと僕は考えます。

2.心の数値化は誰のため?

では、ここでちょっと違う視点が考えてみたいと思います。じゃこの心の健康診断は誰のために行っているのでしょうか?

あなたの為?

まっこれはデタラメな回答をしたにもかかわらず、もっともらしい診断結果がでてきた事実を考えれば違うというのは容易に想像できます。では一体誰が何のためにこんなくだらない診断を始めたのか?くだらないのに続いている理由は?

まー僕の偏見かもしれませんが、これって心の検診を行わせる団体のために実施していると僕は思います。ここでいう「団体」とは、例えば、会社とか学校とか、そういったものです。

「我々は社員(学生)の為に、身体だけではなく、精神のケアも行っています」

ってな感じで。つまりは、外に向けた対外的なアピール(義務感)みたいなもんですかね。もちろん、数値化することにより、その集団に属する人たちを管理しやすくする、って目的もあるかもしれませんが・・・。

昨今、社会人だけではなく、学生でも心の病にかかる人が増えています。ストレスフルな時代だそうで、そんな人が属する団体側も何かしらの対策をしている、という事を外にアピールしなくてはいけない風潮なのだと思います。でも、やっぱりその目的は、「その人」のためではなく、団体の「保守」のために実施しているという側面が強いかな~って思います。

だって、何事に於いても「あなた」にフォーカスしようとしている団体を僕は知りません。こういった団体のフォーカス先は常に団体側に向いているのが世の常なのですから。

さて、以上が僕の考察結果ですが、あながちそこまで外れている気もしません。

こんな数値化の世の中、あなたはどう感じますか?

以上、ここまで読んでくださってありがとうございました。

山本 和広

日常考察

  • 我々の心は常に「動」。つまり数値化はできない。
  • 仮に数値化したとしても、それは「動」の一瞬を切り取っただけ。
  • 数値化するのは誰のため?今一度自分に問いただすと、今まで見えなかった事が見えてきます。

コメント


認証コード0645

コメントは管理者の承認後に表示されます。