ニーチェの言葉

こんにちは。
山本です。

大型連休突入ですね。天気もまずまずなようですし、ようやく春を満喫できるのではないでしょうか。まー1つ憂鬱なことといえば渋滞でしょうか・・・。ほんと毎年の事ながら凄い事になりますからね。とはいえ、僕はこういった大型連休に遠出はせず、逆に空いた都内でゆっくり過ごすのが例年の傾向です。今年も多分そうなるのではないでしょうか。今日も友人からの行楽地へのお誘いを断ってますからね(笑)。

それにしても普段忙しい人が急に休みになると、「やることがない」なんてよく聞く話ですが、別に何もしなくたっていいと思うんですよね。ゆっくりと物思いに何かを考える。すごく素敵な休日の過ごし方だと僕は思います。孤独を楽しめるようになると、人生の幅が広がる気がする今日この頃です。

それでは、早速本日の読書考察いってみましょう!

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉
フリードリヒ・ニーチェ
白取 春彦 編訳
株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン出版

1.素朴な感想

僕がこの本を買った理由は「哲学書」だと思ったからです。

ニーチェという名前は知っていたけど、彼がどういった哲学者なのかは知らなかったので、少しでもニーチェの思想に触れららたら、というのがこの本を買った動機です。

本屋で買うなら中身を立ち読みしたでしょうけど、最近僕はアマゾンを多用しておりまして、とりあえず気に入ったタイトルだったらカートに入れる癖があり、そのまま購入。中身を知る由もありません。まっそれでいいと思ってるから買ってるんですけどね。で、「ニーチェの言葉」を読んでいて率直な感想は、

「自己啓発本じゃん」

でしたね。完璧に。

簡単に「ニーチェの言葉」の概要をおさらいすると、ニーチェが残した文献から抽出した232の文章を、訳者が11項目に分類・まとめているといった内容の本となります。232の文章というと多いように感じられますが、1文章1ページにまとまっていますし、項目によっては2、3行で終わるページもあるので、文章量としては少ない方だと思います。なーんも考えずに“読むだけ”ならほんと1時間くらいで読み終えてしまうでしょう。

で、僕がなぜ「自己啓発本」と感じてしまったかというと、すごーくいい事書いてあるんですよ。日々生きていくうえではっと気づかせてくれるような。ただ、それだけで終わってしまう可能性があるんですよね。この本は。

本屋によく行く人なら知っていると思いますが、最近この「ニーチェの言葉」はどの本屋に行っても目立つコーナーに平置きされています。要は売れている本ということ。本が売れない時代に売れることは喜ばしいことなのですが、本の売り方(コンセプト)に問題があると感じてしまうのは僕だけでしょうか。

「大切な人にどうぞ」

ってな感じで売られているのです。ご丁寧にリボンまでつけて置いてある本屋もありました。自己啓発コーナーにおかれているケースも多く見かけます。いや別にこれが悪いわけではないのですが、ないのですが、違和感があるのです。

それは、ニーチェの言葉が単なるありがたいお言葉、としてしか扱われていないような気がする違和感があるからです。哲学者ニーチェの言葉が(単に)記載してある本、という感じで受け取られてはいないだろうか・・・。

これでは「なーんも考えず読むだけ」という人が大量発生するのではないかと思ってしまうのです。結構分厚い本ですから読んだ満足感だけで終わる人も多いのではないかと。そもそも、この本に違和感を覚えた最大の理由は、

ニーチェの言葉が軽く扱われているのでは?

という出版側に対する猜疑心からです。ここからはニーチェを知らない僕なので、勝手な憶測にはなりますが、ニーチェの背景があまりにもないのです。ニーチェの言葉を作為的に11項目に分類しただけなので、文章の前後があまりにもないのです。言ってみれば、ただのポエムに感じられるのです。

ニーチェの文献を読んだことがない僕が偉そうなことはいえませんが、ニーチェはあの世的な思考ではなく、この世における心理が大切だと唱えた哲学者だと言われています。そんなニーチェの思想は「生の哲学」と呼ばれているくらいですから、難解な哲学書を敬遠する人にとっても、きっと少しでも哲学に近づけるのではないかと思うのです。

だからこそ、この「ニーチェの言葉」が売れているのかもしれませんが、ニーチェの言葉の切り取り方が、僕にとってなんとも違和感がありすぎるのです。本書が世の中に溢れかえっている単なる自己啓発本の1つになってしまっているという感覚です。

だってこの本、背景がなさ過ぎるので、気づくと勝手にページが進んでしまいます。つまりは考えずにただ読むだけ、になってしまうのです。こういう感覚で読んでしまう本というのは、得てして記憶にも残らないものです。

折角偉大なる哲学者ニーチェの言葉に触れる機会なのに、すごーくもったいない気がしてしょうがないと僕は感じてしまいました。もちろん、きちんと本を読める人にはそんな心配は無用なのかもしれませんが、世の中の大多数はそうではないのが事実ですからね。

皮肉にも本書ではニーチェの「さまざまな意見と箴言」から以下の文章が記載されております。

本を読んでも
 本を読んだとしても、最悪の読者にだけはならないように。最悪の読者とは、略奪をくり返す兵士のような連中のことだ。
 つまり彼らは、何かめぼしいものはないかと探す泥棒の眼で本のあちらこちらを適当に読み散らし、やがて本の中から自分につごうのいいもの、今の自分に使えるようなもの、役に立つ道具になりそうなものだけを取り出して盗むのだ。
 そして、彼らが盗んだもののみ(彼らがなんとか理解できるものだけ)を、あたかもその本の中身のすべてであるというように大声で言ってはばからない。そのせいで、その本を結局はまったく別物のようにしてしまうばかりか、さらにはその本の全体と著者を汚してしまうのだ。

この言葉が「ニーチェの言葉」を読んだ人へのただスローガンとならないことを願い、僕自身もきちんと咀嚼していかねばと思う今日この頃です。

もちろん本書をきっかけにニーチェの文献を読もうという人が少なからず出てくるでしょうから、それはそれで素晴らしいことだと思います。そんな位置づけの本、と割り切れればよいのでしょうが・・・。

2.哲学者と自己啓発と私

あなたは自己啓発という概念に初めて触れたのはいつ位だったか覚えていますか?

自己啓発ビジネスという市場があり、講師によっては1回のセミナーで数百万もするものもあります。人によっては好き、嫌いが明確に分かれるジャンルですので、胡散臭い宗教だと感じる人もいるかもしれません。ただ、人は多かれ少なかれ自己啓発というものに触れて生きているのではないかと僕は考えます。

それは私見とはなりますが、自己啓発は

 自分の知らない事を知り、より高みへ導くこと

だと考えているからです。もっと平たく言えば、

 何かをやるきっかけ

です。我々は日々何か目標を持って生きていると認識しがちです。「目標なんてないよ」って人もいるかもしれませんが、別に高貴な目標じゃなくても良いのです。例えば、週末に友達とご飯を食べる。これだって目標といえば目標です。仕事を定時内に終わらせる。これも目標です。つまり大なり小なり我々は目標を掲げて生きていると言っても過言ではないのです。

ですが、先ほど僕が「認識しがち」とお伝えしたのには訳があります。実は我々人間は目標を糧に生きているように錯覚しがちですが、実は目標ではなく、目標にたどり着く過程(プロセス)が生きる動機だからです。乱暴に言ってしまえば、

 我々人間はプロセス

とも言い換えられます。理解しづらいときは自分に置き換えて考えてみてください。過去今まで自分が目標としていたことを思い返せば、簡単です。

だって、目標を達成した時点で全てが終わってましたか?終わってないですよね。例えば、目標としている車を手にしたとしましょう。じゃ車を手に入れた時点で終わりでしたか?ということ。目標は次々に更新されていったのではないでしょうか。これこそが我々が生きている糧としている行為なのです。

ちょっと、余談ですがニーチェは次のようにも言っています。

人間は無目的・無目標になったとき、虚無をも欲する

つまりは、なーんも目標がなかった場合、「死」をも目的としてしまう、ということです。それほどまでに我々人間は目標つまりは、過程(プロセス)を求めてしまうのです。

先進国の中でダントツの自殺率を誇るのが私たちの国です。年に3万人以上の方が自ら命を絶っています。この事実をニーチェの言葉と照らしあわすと、日本という国は目標・夢を持ちにくい国、ということがこういった数字からも考察できます。

自己啓発に話を戻して。

だから、人間は何かをやるきっかけを求めて、自己啓発を行うのです。自己啓発ビジネスが衰退しない根拠がこれで少しは理解できると思います。

では、我々はそれに対してどう向き合ったらよいのでしょうか。

結論から言えば、自己啓発は主体的に求めてはいけないと思います。何か過程を過ごすために必要だと自己で認識して初めて他からきっかけを得られればいいのです。ゼロからのきっかけを求めると、如何しても方向性が定まりません。ある程度の方向性は他でもないあなた自身で決めることが重要なのです。

自己啓発本を沢山読んだことあるならば、気づく一つの事柄があります。それは、

結局は皆同じ事を言っている

ということです。自己啓発には様々な角度からのアプローチがありますが、結局は回りまわって同じように感じてしまうのです。これはスタート位置が定まっていないからこその結果だと僕は思うのです。

「ニーチェの言葉」は単なる自己啓発本になってしまうかもしれない、と1項目目で僕は言いましたが、それでもこの本でニーチェという哲学者が考えた思想に触れることが出来るわけです。折角の機会です。このニーチェという哲学者の思想を、あなた自身の自己啓発に役に立てるように考えるのも良いのではないでしょうか。自らの思考力を高めるきっかけとなる読書をこれからも沢山して頂きたいと僕は思います。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

山本 和広

読書考察

  • どんな名著だろうが、読み手が注意して読まないと意味のない本となり得る。
  • 人間にとって生きる意味とは、目的ではなく、過程(プロセス)である。

追伸
世間は長期休暇です。もしやることがないのでしたら読書をお勧めしますよ。ゆっくりでもいいのであなたのペースで、あなたの好きなジャンルの本をお楽しみ下さい。きっとよいリフレッシュになりますよ。

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