期待と裏切り

こんにちは。
山本です。

春の気まぐれで気温のめまぐるしく変わる今日この頃。野菜の値上がりが激しいそうですが、ほんとに日照不足だけが原因でしょうか?全ては情報操作だと疑う必要もないですが、何か仮説を立てて自分なりに考える(妄想する)のも面白いものです。もしかしたら、それが情報社会の荒波を生き残るきっかけになるかもしれませんよ。

さて、話が脱線する前に今日も元気に日常考察行ってみましょう。

1.他者への期待

我々は日々生活する中で大なり小なり他者に何かしらの期待をしながら人と接しています。勿論、期待を寄せる対象は人それぞれですが、あなた自身日々の生活を思い返していただければ結果は自明だと思います。

まっひとつ代表的な例を挙げれば、恋人との関係が想像しやすいのではないでしょうか。理想から言えばお互いを高め合う、そんなことを思い描きながら付き合っていくのだと思います。

だた、そんな理想どおりに行かないのが世の常であります。些細な事で喧嘩をし、些細なことで罵り合う。そんな経験はあなたもしたことはあるのではないでしょうか。

では、その喧嘩自体にフォーカスしてみましょう。喧嘩がどんな内容であれ、究極的に突き詰めていくとあなたがパートナーに期待する行為(行動・考え方)とは違う行為が気に入らなく、意見の衝突が起こった結果喧嘩するのです。つまり喧嘩の根本原因は、あなたの期待が裏切られたということなのです。

よく、「男脳と女脳」なんて話を聞きます。関連図書も多く出版されていたはずです。どれも同じような内容に帰結すると思いますが、簡単に言えば、「男は狩をし、女は家を守る」それがDNAに刻み込まれているので、全く違う生き物だ、みたいな事を伝えていると思います。

遺伝子レベルで言われてもいまいちピンとこないのが正直なところですが、仮にその事象も含んで考えても、やっぱり

互いの期待が裏切られた結果衝突が起こる

という根本に行き着くと僕は考えています。

更にもうひとつ例を挙げれば、子供の虐待も同じことが言えると思います。自分の子供を虐待するなんて普通に考えれば常軌を逸した行動であること以外考えられませんが、それでも日常的に起こっている現状。勿論、この問題にはもっと深く考えなくてはいけない事項があるかとは思いますが、今日の考察内容に沿っていえば、、、

「期待通りにしてくれない」

というのが根本にある問題なのです。赤ちゃんなんて、自由勝手に生きている言ってみれば究極のナルシストです。究極ナルシストの代名詞が赤ちゃんですので、言う事を聞かないのは当たり前なんですが、そんな至極当たり前なことですら忘れてしまっているからこそ起こる事件なのです。これも期待を裏切られたということ。

つまりは、我々は意識していようがいまいが、他者に何かしらの期待をしながら生活している生き物だと言えるのです。

2.自分の在り方

ではここで1つ視点を変えてみましょう。

あなたは他者の期待通り生きていますか?

どうですか?もしかしたら親の言うとおり振舞っているかもしれません。先生の言うとおり行動しているかもしれません。上司の言うことを忠実に実行しているかもしれません。ただ、人と人との関係の中で深層心理まで考えた時、相手の期待通りに行動していると100%言える人は少ないと思います。

だってそうでしょ?

究極的な話をしてしまえば、他者が何考えているかなんてわからないのですから。いや、もちろん中にはいるのかもしれませんよ。身も心も100%他者と繋がれるヒーラーとか、シャーマンも実在しているみたいですしね。でも、そんな人はごく稀ですし、身も蓋もないいい方してしまえば、それは対象の2人の間の解釈であって、他者である我々がどのように考えたって答えには行き着かないのです。

さてさて。

では我々はこの事実を改めて認識した上で、これをどう活かすかを考えてみましょう。以下にケーススタディを考えてみました。あなたはどっちを選択しますか?

■ケース1
究極的に他者は理解してくれないし、他者の考えもわからない。
だったら期待すらしない。何もしない。

■ケース2
究極的に他者は理解してくれないし、他者の考えもわからない。
でもそれを知った上で、他者とつながれるように努力する。

ケース1は完全にあきらめモードですよね。他人に興味を抱かなくなるケースです。最終的に行き着く先は究極の利己主義者。簡単に言えば「自己中野郎」って感じすかね。いや、むしろ自己中野郎ならまだいいですよね。自己中野郎で他人に迷惑をかける人が多発している世の中ですからね・・・。ちょっと別の視点でみると「ニート」とかもこれにあたるかもしれませんね。自分の殻を厚くするあまり自分以外の他(外の世界)の興味が全くなくなってしまう無気力な状態ともいえます。

では次。

ケース2です。まーよく言えば人間できている。ケース1の人から見たら肌に合わない奴と思うかもしれません。

因みにですが、このケース2は社交的という表面的なことを指してはいません。ケース1の人だって社交的な人は山ほどいますからね。僕がケース2で言いたいのは、「究極的に他者は理解してくれないし、他者の考えもわからない」を理解した上でも、他者を理解するように努めている人を指します。

具体的に例をお伝えしたいのですが、こればっかりは本人にしかわかりません。単なる“社交的な人”なのか、“ケース2に該当する人”なのかは、他者である僕が言葉では決められないからです。つまりは本人次第。

では、ここで実際にあなた自身に置き換えて考えてみてください。

あなたならどちらを選択しますか?

結論から言えば、どっちでもいいんですよ。いきなりここにきて丸投げ的な感じで申し訳ないですが、だって、それもあなたの考え次第ですから。

で、僕的にはですが、やっぱりケース2で生きていたいなと考えたりします。

この点に関してはもっと深い内容で考察しないと単なるポジティブシンキングと受け取られてしまうかもしれないので、簡単には言いたくないのですが・・・

どうせ、究極的には他者の考えを理解できないなら、理解できないなりにあきらめずに接したら新しい発見があるかもしれない

と僕は考えるからです。

まっ僕は小さいころから人間観察が好きでしたので単なる興味本位からなんですけどね(苦笑)。でも、少しでも自分以外の他の人に興味を抱くことによって、自分自身の枠を広げてくれるとも考えているからそう思うのです。だって、知らないことを知れるのって快感じゃないですか?単なる知識欲を満たすという意味だけでも僕は大事なことだと考えています。

ですので、例え自分が期待する以外のことを他者にされてしまったとしても、それはそれ。期待してもどうしょうもないという、考えを理解しつつも興味を持ち続ける。そうすることが、他者から裏切られた時、無意味にへこむ事も少なくなると思います。

悩みの大多数がメンタル面に行き着きます。ちょっとした事で直ぐに落ち込む人。もしかしたら、過度に相手に期待しすぎてはいませんか?先ずは、自己の自立を目指すことにより、他者への期待の依存度も変わってくるはずです。そうすると結構どんな事でもへっちゃらになる素敵な精神を養うことができてきますよ。

豊かな人生には自己の自立は欠かせないですからね!

以上、日常考察となります。
ここまで読んで下さってありがとうございました!

山本 和広

日常考察

  • 他者はあなたを100%理解しないし、あなたも他者を100%理解は出来ない。
  • だからといって理解しようとする事を諦めたら成長はできない。
  • 自己の自立により期待の裏切りに耐えられるメンタルが手に入る。

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