「知の企み」という名の読書会(仮)

こんばんは、山本です。

先般行ったイベントに関して、「面白そうだね」
「予定が合えば」と、ほんの少ーしですが
反響があって嬉しい限りです。

で、イベントの名前がないのもあれだなーと思いましたので、
名前決めました。

「知の企み」という名の読書会(仮)

です。

「決めました」とか言いつつ、「知の企み」というキーワードは
前回参加された方のコメントをそのままパクっただけですけどね
(了解は得ましたよ)。

(仮)を付けたのは、僕のことだから「こっちの方がいいかも」
とか言って直ぐに変えちゃう可能性が大だから。

鳥取砂漠並みの広い心で見守って下さいませ。



それにしても、僕が「読書会」を主催するなんてなーと
不思議に思っています。

と言うのも、本を読む習慣なんて全くない人間だったから。

大学を卒業するまでに読んだ本は、
『ゲームの達人』(シドニィ・シェルダン)と
『点と線』(松本清張)くらい。

(小学生の時に読書感想文のためにいやいや読んだ
 『ズッコケ三人組』もありますが・・・)

そんな奴が偉そうに「読書会」なんて、ちょっと気恥ずかしい
というか後ろめたい気持ちが若干あります。



ただそんな僕もここ数年間は本を読むことが多くなりました。

それは、ある読書セミナーに参加し始めたから。

そのセミナーは『嫌われる勇気』みたいな
軟派な本を扱うものではなく、

主には哲学書や思想書一冊を半年間かけて
精読しましょうというなんともマッチョな
ものなのですが、

僕はそのセミナーに参加する度に挫折を味わいます。

それは、きちんと本を読めていないからが
根底にあるのはもちろんなのですが、

そのセミナーに参加する方とのディスカッションにおいても、
展開する議論の深さに全く付いていけず、

「何を発言したらよいのか?」ってレベルを振り切って、
「ここにいていいのか?」というある種の絶望まで
経験してしまうから。

一人で脇汗ダラダラですよ、正直なところ。

でもね、そんな逃げ出したくなる気持ちを
ぐっと堪えて立ち向かって行くと、普段の生活の中で

「あれ?これってあのディスカッションの内容かな?
 著者が言っていたことってこれ?」

と、なんとも不思議な経験が増えてくるんですよね。

まさに『点と線』。

なぜだろう?と自分なりには考えてはいるのですが、
やっぱり「アウトプットの場」を経験しているから、
と言えるかな。

それは僕の中では、スーツも靴も同じ感覚。

雑誌やネットであれこれ調べ妄想を膨らませ、
いざショップで試着をし鏡を見て絶望する
「全然似合わねぇな」と。

そんな絶望に打ち拉がれながらも

「俺はスーツが好きなんだ!」

と踏まえて乗り越える決意をして、

「じゃあ次はこういう色合いはどうかな、
 こういう素材はどうかな」

と自分なりに考える。

そういう視点が増えた状態で再度雑誌を参考にしたり、
他の人を参考にしたりすると、見方が変わるじゃないですか。

そんな感じ。



だからもし、読書に苦手意識があったとしても
気にしないで参加して欲しいなあと思う訳です。

知識を得るためだけの読書なんて面白くもなんともない

こんな裏コンセプトが、「知の企み」という名の読書会(仮)
にはあるとご理解頂ければ。

ではでは。

ここまでありがとうございました。

山本

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