美しい一本道を歩めてはいないかもしれないけれど。



夜中に突然目が覚めた。

カーテン越しに聞こえる雨の音。

時計に目をやると2時ちょっと過ぎ。

身体は疲れているはずなのに、
こんな時間に目が覚める。

今日に限った話じゃない。

ここんところ毎日だ。

あと4時間ほどしたら仕事に行く時間。

それを考えるだけで憂鬱になる。でも、

「このままでいいのか?」

と言う問いには、耳を塞ぎ、目を背け、
いつか何とかなると逃げ回る。

枕に顔を埋めて思考を振り払う。

でも、夢の中にも逃げ道はない。

他人の歩んでいる道が輝いて見える。

「それに比べて俺は・・・」

とダメさ加減を認めながらも、
自分を慰める。

気づいたら4時を回っている。

「少しでも寝とかなくちゃ」と
目を閉じる。

何が不安なのか自分でもわからないけど
目を閉じる。

そうして朝また会社へと出かける。



・・・・・



おはようございます。山本です。

目的が明確で、その目的に向かう道を
自分で考えることができ、自分の力で
道を切り開いている人。

そんな人の道には美しさを感じるものです。

僕らはなぜかはわからないけれど
「美しさ」がわかります。

そして、その「美しさ」を求めます。

でも求めれば求める程、自分に対してそんな
「美しさ」を感じることが出来ず打ち拉がれる。

他人の「美しい道」と比較して、
自分がやっていることは「なんとなく」だし
誇れるものもない。

あっちへふらふら、こっちへふらふら。

そんな行き当たりばったり感が
ますます自己嫌悪へと繋がっていく。



でもね、そんな迷走感が人の役に立てることもある。

だってそんなあなたの通った道は、一直線に伸びる
「美しい」一本道ではないかもしれないけれど、

迷った分だけ道幅が広い大勢の人が通れるような
「美しい」道かもしれないのだから。

ほら時代を超えて愛される歌にもこんな歌詞がある。



「人は悲しみが多いほど 人には優しくできるのだから」
(海援隊)



僕は別に耳障りのよいことを言いたい訳じゃない。

美しくない道だって当然ある。

理解できない道だって当たり前のようにある。

でも「強くあるため」に他人の道は関係ない。

「自分の道」と「他人の道」

生きていれば色んな道と交わることは避けられない。

もしかしたら、交わった道の景色の方がよく見えて、
方向を変えてしまうこともあるかもしれない。

仮にその道がまがい物だったとしても、
あなたの道であることには変わりはない。



また、同じ方向を目指している道があっても、
相手はアウトバーンの道を突き進んでいる。

方や自分は60kmの一般道で信号待ちばっかり
しているかもしれない。

でも、それはそれ。

まずは「自分の道」と「他人の道」を
きっちり分けることが大切だと僕は思う。

でないと、何がなんだかわからなくなるからね。



なんかいつにも増して抽象的な話になってしまいました。

明日はもっと具体的な形で、あなたにとって何か
「きっかけ」になれるようなことをお伝えできればと
思います。

ここまでありがとうございました。

また明日。

山本


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