カテゴリ:靴

靴磨きは誰の為にするものなのか?



「会社に靴が好きな人がいて」

なぜ靴が好きになったのか聞いてみたら、
こんな答えが返ってきました。



こんばんは、山本です。

もともとファッションが好き、
靴が好きって人もいるとは思うけど、
案外「誰か」の影響で好きになる
って多いですよね。

毎日会社で顔を合わせているけれど、
「お洒落な人だなあ」
くらいにしか思っていなかった。

でもひょんなことでその人の靴に対する
熱量?哲学?思い?なんかに触れた瞬間、
自分の中で靴への興味が湧いてくる。

で、その「ひょんなこと」って「言葉」
ではなく、その人自身、つまり「体現」を
見て(感じて)ということが結構ある。

「あの人のようになりたい」

所謂、憧れってやつですね。

靴磨きを面倒だと思いますか?

「靴は自己を映し出す鏡」

なんて言われたりします。

あまりにもよく聞く台詞なので、靴をメタファーとした
自己啓発にうんざりしている人もいるかもしれませんね。

まあでも、靴磨きにはそういった側面があることは
否めないなあとも思うのです。

と言うのも、靴磨きってやっぱり面倒なものだから。

もちろん「そんなことない」って言う人も
いるかもしれないけれど、じゃあ毎日やって下さい
って言われたら・・・

好きなものでも嫌いになるのではないでしょうか。

(それでも好きな人は職業にしちゃうのかも
 しれませんけど)

そう考えるとやっぱりある程度の
規律を持っている人じゃないと、
靴にまで気を配ることは出来ない。

デスクの上を見ただけで何となく
その人の性格が把握できるように、
靴を見ただけでその人の人間性はわかる。

だから、ホテルのポーターは初見で
お客の靴を見るのではないでしょうか。

利己と利他は表裏一体

でね、靴が自分を映し出すものだとしたら、
やっぱり靴磨きは自分の為に行うものって
なりがちだけど、それだけじゃないんだよね。

そう、冒頭にお伝えした「体現」。

あなたのその靴。

あなたのその磨かれた靴は、その体現された靴は、
見た人に何かしらの影響を与えてることがあるかも
しれない。

つまり、


  • 靴磨きは自分の為でもあり、他人の為でもある



ってことなんだ。



僕の親父は毎朝必ず靴にブラッシングをしていました。

と言っても、ものの10秒くらいです。

出かける間際に玄関でシャシャって感じです。

親父から「靴は綺麗にしとけ」なんて一度も
言われたことはありません。

でも、そんな光景を何十年も見続けた結果なのか、
靴は綺麗にって感覚が自然とあります。

高校時代のローファーですら、
ブラッシングしてましたからね。

親父はきっと「会社でみすぼらしく思われないように」と
自分の為に靴にブラッシングをしていたのだろうけど、
その行為は僕に影響を及ぼし、そして、靴に気を配ることに
よって人生が(少し)変わった感がある僕にとっては、
僕の為でもあったわけです。



人は案外、「自分の為だけ」ってことは継続できないもの。

「他人の為」って言うと上から目線的なニュアンスが
含まれてしまうけれど、「利己と利他は表裏一体」という
視点を持てれば、いつかは納得できることだと思います。

ここまでありがとうございました。

山本



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