納得は誇りである。

こんにちは。
山本です。

ゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか。

僕は休日が好きです。それは、学校、仕事が休みだから、ではなく、町にいる人の多くが笑顔だからです。平日の夜に電車で見かける苦しい表情をしている人がいない。これだけで町の表情は一変するもんだなぁと気づくことができた2013年の5月。朝夕は少し寒いですが、昼間は気持ちがいいので、やることを後回しにしてついつい散歩に出かけてしまいます(苦笑)。

集中は必要ですが、家に籠って暗雲としてしまうなら、外に出かけ気分を変えることはよいことです。有名な文豪が通った喫茶店なんてよくあるかと思いますが、環境を変えるというのは書き手に取って必要なんですよね、と文豪気取りしてみたりして(笑)。

ではでは、そんな文豪気取りの山本がお届けする本日の内容は、僕が好きな漫画『ジョジョの奇妙な冒険 Part7 STEEL BALL RUN』の主人公の一人「ジャイロ・ツェペリ」の台詞が元ネタです。

「納得」は「誇り」なんだ!

(ジャイロ・ツェペリ From STEEL BALL RUN)

ジャイロ・ツェペリ

1.32歳 年収420万 独身

 気づいたら大学を出て今年で10年。つまり社会人10年目である。会社では責任ある仕事も任され、取引先との商談も自分の判断でこなせることが大半である。後輩もでき教えるという立場を経験し会社内での地位も築けている実感はある、が何か違うと感じている。
 給料は決してよくはないが、貧乏というわけでもなく、上限はあるにしてもある程度好きなモノは買えるし、学生時代では行くことができなかったレストランで食事もできる。
 ただ、何かが違う。「やりがい」を演じているだけの自分に気づかない振りをしているような気がする。現に、毎月の数字ノルマや、反りが合わない上司との会話、意味を感じないミーティングなど、ストレスと感じることは毎日であり、ゴールデンウィーク明けの会社を思い出すだけで憂鬱になる。
 毎日はそれなりに充実しているが、何かが違うと感じながら日々を過ごしている。

こういう人生がある一方で、自分のやるべきことを見つけ、それを邁進している人生もある(広義な意味で「成功者」ってやつです)。ただ、一つ言えることは、圧倒的に前者が多く、後者は限りなく少ない、ということです。

もちろん、この二つの人生に善い、悪いがあるわけではありませんが、多分、できることなら後者の人生を生きたい、と思うのが人の常です。

僕はこの二つの人生において、決定的な違いは何なんだろ?と考えてきました。もちろんこの問いに対する明確な答えなんてないとは思いますが、現時点で僕が気づいた点があります。それは、冒頭紹介した台詞、

「納得」は「誇り」なんだ!

です。つまり、

成功者は自身の人生に納得しています。

こんなことを言うと「成功した人生があるから納得できるんでしょ?」と考える人もいるかもしれませんが、僕が今まで接してきた数多くの成功者達は皆、納得した人生を送っているから成功しています。

「成功」の定義は人それぞれ、個別具体的に述べるとキリがありませんので、抽象度を上げて成功を定義すると、成功者は皆「自信」を持っています。あなたも身近な成功者を思い浮かべてもらえればわかると思います。みなぎるパワーというか、ほとばしるエネルギーとか、そんなものを纏っているはずです。

これは偏に、納得の積み重ねが、誇りであり、それが自信に繋がっているからだと僕は考えています。

仮にですよ、成功を「お金持ちになること」と定義して、ここに「本物の」お金持ちの人がいたとしましょう。もし何かしらが原因でそのお金が全てなくなったとしても、この本物のお金持ちの人は自分の人生に納得するはずです。

なぜか?

彼は今まで自分の人生を「納得」して進んできた。その「納得」を受け入れるのは自分自身で、彼は自分の人生のマスターである。「納得」する行為は、マスターでなければできないし、マスターは責任が持てることしか「納得」しないのです。

「納得」には都度マスターの決断が必要で、決断するにはその時点での知識、技術、経験、理解、コミュニケーション能力、また、それらを合わせたバランス感覚など、全てが必要であり、言い換えれば、その「納得」にはマスターの人生全てがあるわけです。

もしお金がなくなった人生を「納得」しないということであれば、今までの「納得(=人生)」が雲散霧消と化してしまいます。多分その時点で彼は「本物の」お金持ちではなかったのですから、遅かれ早かれそのお金は無くなっていることでしょう。

因みにですが、「納得」はノウハウとして蓄積されているので、「本物の」お金持ちであれば、時代の流れに合わせて再構築し、お金を新たに手に入れることができるのです。

僕が今まで接してきた成功者は皆地に足がついています。「今の資産(顧客情報など)がなくなったらどうします?」なんて質問を彼らにしたことはないけど、それらが無くなったとしてもいつもと変わらないでしょう。彼らは「納得」するためにいつも通り進むと思います。

ジャイロ・ツェペリは

「誇り」のためなら命を賭けれるぜ!
まちがった法律だってある!そのために無関係の少年が有罪になって処刑されるなんて納得できない!
俺は絶対「納得」したいんだ!

(STEEL BALL RUN Vol.4から一部抜粋)

と言っていますが、まさにこれです。(命まで賭けれるかは人それぞれですが)「納得」にはそのくらいの大きな意味があると僕は彼らと同じ空間にいると肌で感じます。

もし自身の人生に不満足要素が一つでもあるならば、僕がお伝えした意味の「納得」を意識してみて下さい。「納得」には

  • 納得するには、人生のマスターでなければならない。
  • 納得には、その時点での全人生がある。
  • 納得の積み重ねはノウハウであり、それは誇りであり、やがて自信へと繋がる。

という大切な背景が含まれていますので。

では次項で具体的な「納得」の実践テクニックをお伝えします。

2.納得を実践する。

納得は自分が納得と思えば納得なのですが、まずは小さな納得から始めることを僕はお勧めします。

例えば、今まで浮標のように生きてきた人が「よーし、俺の人生には納得が必要だ!サラリーマンでは納得できない!まずは会社を辞めて時間を作り、ネットビジネスで一財産稼いで裕福な暮らしをしてやるぜ!ゴールデンウィーク明けに辞表を出してやる!」と行動を起こしても、大概は失敗すると思います。

納得は積み重ねるものです。

積み重ねた結果、会社が納得の邪魔になるなら今すぐに辞めるべきですが、まだその段階にいないのであれば、会社を辞めるという納得は、自分の願望に過ぎないのです。

ダイエットだってそうです。「夏までに-5kg」と炭水化物ダイエットをして、数字上は -5kgを達成したとしても、それは単に細胞中の水分が無くなっただけで、直ぐにリバウンドします。この場合の納得は、

・自分の身体の基本データを納得(基礎体重、基礎代謝量、推定消費エネルギー量を把握)
・食事内容を納得(自分が何を食べているのか。三大栄養素と取得カロリーを把握)
・食事と運動を納得(基本データに合った食事と、それに必要な運動を把握し実践)

と段階を踏むべきなのです。「昨日は運動もしたし、20時以降何も食べないようにしたから、現時点で-3kgを維持。だから今日はご褒美としてプランタンヌーボーを食べよう。明日は合コンがあるけど-5kgは来月くらいには達成できるだろうし・・・」はおさるさん以下です。-3kgまでの経緯に納得がないからこのような行動をとってしまうのです。

納得して-3kgまで積み重ねているならば、その延長線上として-5kgは当たり前にあります。

納得は一つ一つの積み重ねなのです。

これが僕が小さな納得をお勧めする理由です。

僕らは1日の内、何十回、何百回と決断をしているはずです。「8時かぁ。ゴールデンウィークだからもうちょっと寝よう」「今日は昼飯何を食べようかな?」「暇だからテレビでも観よう」など、数え上げればきりがないですが、その一つ一つに納得することが重要なのです。

邪魔臭い作業かもしれませんし、もちろん全てに納得することは難しいかもしれません。忘れていたり、無意識で行ったりと。ただ思い出したときちょっとだけでもよいので、「なぜ?それをするのか?」に答えられる(=納得)ようにして下さい。

こんな小さな積み重ねでも、納得する実践は大切ですから。

ただ僕らは弱き人間です。納得しようと心がけてもなかなか継続できないことはわかります。僕も気づくと習慣化して何も考えていない時がありますし(苦笑)。でもそれじゃ納得できないわけですから、今回はそんな時に役立つ実践テクニックをお伝えします。それは

  1. 憧れの人を強く想う
  2. 自分自身を信頼する
  3. 実績を記録する

です。

例えば、なぜダイエットをするのか?と問われたら「もてたいから」「健康のため」「昔の身体を取り戻したい」など理由は様々かと思いますが、根本には

自分への不満足

があるかと思います。これがなければ別に無理してダイエットする必要はないわけです。食べたいものを食べ、寝たい時に寝て、苦しい運動なんてする必要はどこにもないわけで、でも、これらに反してダイエットをする。

自分への不満足というのは、それだけ大きな力を持っているのです。

そして、僕はこの「自分への不満足」の裏には「他者への憧れ」があると考えていて、じゃそれを利用しない手はないじゃないかというのが「1.憧れの人を強く想う」なのです。

ただ、ここで注意しなくてはいけないのは、単に「あの人のようになりたいな〜」という漠然な憧れではダメだということです。ですので、もちろんここでも納得は必要です。「なぜ?その人に憧れるのか?」に答えられるようにしておかなくてはいけません。

僕の憧れの人に「マッスル北村さん」という方がいます。2000年に他界してしまったボディビルダーですが、僕は彼の限界への挑戦とその理由に憧れがあります。それは、僕自身の人生において、ただの一度も「限界」を超えた経験がない。そんな僕だから「限界を超えることにより人生は開かれる」という信念を持っているマッスル北村さんに強く惹かれてしまいます。

僕は毎日「あ〜今日は寒いからランニングやめようかなぁ」「昨日の筋肉痛がまだ残ってるしなぁ」と軟弱な自分が出てきた時、必ず「北村さんなら絶対にそんなことは考えない!」と自分を鼓舞します。

これには2つのよい側面があります。それは、

・継続できる
・憧れの人を裏切れない

です。前者は説明不要かと思いますが、積み重ねには継続が必要ですからね。大切ですよ。

そして後者ですが、自分が強く憧れている存在という人には少しでも近づきたい、少しでも認められたいという思いがあるじゃないですか?もちろん現実問題、実際に会って認めてもらえるようなシチュエーションはほとんどないかと思いますが(僕の場合でいえば故人ですからね)、でもその憧れの人を裏切ることになぜか後ろめたさがある。だからやる!って感じです。

僕は1日だけ「(単に眠かっただけなのに)身体に休息日も必要だよね」と納得したつもりの安易な休息を取ってしまったことがあります。その日は北村さんを裏切ったこの行為に対して、自分自身がとことん嫌になりましたよ。「僕は地球上でなんの役にも立たないダメ人間。自分が憧れている人を裏切ってまで怠惰に甘えてしまった。たぶんこれからも何も大成できずにダメ人間のまま終わっていくのだ・・・」こんな気持ちに二度となりたくないから、僕は納得の休日以外は必ずランニングを実施します。

もちろん、憧れの人は実在の人でなくても構いません。北斗の拳に憧れてボディビルを始めた人がいるように、漫画の主人公でも、空想上の登場人物でも何でもいいと思います。あなたが憧れる人は、あなたの感性に近い存在なわけです。あなたの感性に近い人を強く想うことは納得の積み重ね(継続)にも大切な要素です。

そして、これは「2.自分自身を信頼する」にも繋がります。

僕は最低でも10kmのランニングを自分に課しています。でも日によっては2、3km走った時点で、足がつりそうになる、呼吸はめちゃめちゃ苦しくなる、思考も「あ〜もう今日はここでやめちゃおうかな」と弱気になる時があります。

そんな時、「北村さんならここで絶対にやめない」と憧れの人を思い出すことは当然なのですが、それと同時に「昨日10km走れた自分が、今日走れないわけない!」と言い聞かせます。

憧れの人も裏切れないけど、自分自身も裏切れない。そういった意味では1項と2項は順番の差はなく同時とも言えます。

極論、自分を信頼できるのは自分しかいないわけですから、納得するために最低限すべきことは自分を信頼することだと僕は考えています。

また不思議と「昨日も走れたんだから今日も絶対に走れる」と自分を信頼すると、心と身体の調和が保てるんですよね。「病は気から」とかじゃないけど、心と身体って繋がってるんだなぁ〜と少し実感できます。

そして最後に、「3.実績を記録する」です。

納得の積み重ねを可視化することは大切です。人は誰しもコレクター癖というものを大なり小なり持っていますが、これに少し近い感覚で、自分が行ってきた納得の積み重ねをレコード(記録)することは、単純にモチベーションに繋がります。

ランニングやダイエットなど記録にしやすいことはもちろん、起業などでも自分の実績(=納得)は記録できるはずです。販売実績などはもろに記録ですし、自分が今まで学んだことを体系化して何かにまとめるのも記録です。

趣味のコレクションって楽しいし、嬉しいじゃないですか?記録もたまればたまるほど嬉しくなるんですよねぇ、不思議と。

そして、この実績の記録という作業は、順調でない時こそ重要で、それは上述の通りモチベーション維持材料としても役立ちますし、自分の納得に信頼を取り戻すことにも繋がるからです。

例えば、ダイエットがうまくいかない時も、自分の納得が記録として残っているので今まで実施してきなダイエットに誇りが持てます。

誇りが持てるから軌道修正するポイントも見えてくる。

仮にそのダイエットに大きな欠点があったとして、他人にそれを指摘された場合、自分なりに納得して受け入れることができるのです。

もし納得していないダイエットだとしたら「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!俺は俺の方法が正しいと思っているんだから余計な口出しするな!」となるか、そもそもその間違いの指摘自体がわからない、ということになる可能性が高いからです。

これが「3.実績を記録する」を実践テクニックの最後に入れた理由です。



ここでちょっとアドバンスド的な内容にはなりますが、納得には「自分以外(=環境=社会)」の視点が必ず必要です。

1項で

  • 納得するには、人生のマスターでなければならない。
  • 納得には、その時点での全人生がある。
  • 納得の積み重ねはノウハウであり、それは誇りであり、やがて自信へと繋がる。

とお伝えしましたが、ここには自身の人生だけではなく、必ず周りの環境も含まれています。生まれ育った環境、接してきた環境、自分の置かれている環境など、社会と言い換えてもいいですが、自分の人生は社会とセットであるわけです。

ですから、納得することは重要ですが、集中しすぎて周りが見えなくなっている状態での納得は納得とは言えないのです。

ただこれに関しては、あまり難しく考えないで下さい。納得を積み重ねていると、自然と自分の間違いにも気づけますし、相手の意見もニュートラルに聞けるようになってきます。ですから、今回は「そうなんだぁ〜」程度で構いません。

まずは納得を実践する。それは小さな納得からでよいので、

  1. 憧れの人を強く想う
  2. 自分自身を信頼する
  3. 実績を記録する

を実践して頂ければと思います。

この小さな納得が誇りとなり自信へと繋がり、いつしか振り返ったとき、あなたが思い描いていた人生を歩んでいる。

それだけの力が「納得」にはあると信じて、本日は終わりにしたいと思います。

ここまで読んで頂きありがとうございました!

それではゴールデンウィークも残りわずかですが、お楽しみ下さいませ。

2013年5月5日
山本 和広

追伸
内容とは全く関係ないのだけど、あまりにもかっこいいのでご紹介。僕はそっこーで予約してしまいました(笑)。

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