没個性と右向け左

こんにちは。
山本です。

年が明けて1ヶ月近く経ってしまいましたが、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

1月は気持ちをリフレッシュするにはよい月で何事も前向きに挑戦できる、と僕は感じておりまして、寒さを除けば比較的好きな時期なのですが、今年は年始早々インフルエンザに罹患してしまいました。いや~インフルエンザつらいつらい。リフレッシュどころか気持ちがしずむしずむ(苦笑)。3~4年前もインフルエンザにかかったことがあるんですが、その時の悪夢再びでした。その際はタミフル問題が盛んに取り上げられていましたので、タミフルではなく漢方薬が処方されました。ほんと10日間くらい寝込んでましたので、今回はタミフルを処方してもらい、期待を寄せたのですが・・・、タミフルって効きます?あんまり漢方薬と変わらないかな・・・と。

まー何にせよ、健康を害した時ほど「健康第一」ということが骨身にしみるものです。インフルエンザに罹りやすいなら予防注射しろよ、というつっこみは聞こえない振りをして、2011年最初の日常考察いってみましょー。

1.AKB48、嵐から感じる没個性の波

確か年末だったとは思いますが、いつもどおり何気なくネットサーフィンを楽しんでいたときあるニュースを目にしました。それは、

  • 2010年オリコンランキング AKB48と嵐がトップ10を独占

という記事でした。まーテレビがない生活をしている僕でもAKB48、嵐に人気があるのは知っています。AKB48に関しては以前幸福論と絡めて考察したこともあるので、人気がでる理由も僕なりに理解はしているのですが、それにしてもですよ、トップ10をAKB48と嵐が独占するってあなたはどう思います?

最近は全くといっていいほどオリコンランキングを見ていなかったので、「誰」が「何」を「いつ」出して「どれほど」売れたかなんて、全く興味がなかったのですが、さすがにこのニュースを見たときは手が止まりましたよね。

それは、違和感を感じてしまったのだから致し方ない。

僕らは非常に多くの可能性に満ちた世界に生きていると同時に、可能性の枠が絞られた世界に生きているとも言い換えられます。

だからといって、今回のニュースは異常すぎます。

僕ら人間誰しも同じ人はいないわけです。一卵性双生児として生まれて、姿形は似ている双子でも同じ人生を歩むということはないわけです。そんな生まれながらにユニークな存在であるはずの人間ですから、好みが違うのは当たり前です。

あなたにとって興味があることに、誰しもが興味があるわけではありません。あなたが興味ないことに、興味を持つ人もいるわけです。

それが人間であり、社会であり、環境であり、文化である、と僕は思うのですが、先ほどのニュースはその人間自体を否定しているように感じてしまいました。

もしこのニュースを知っていながらあなたが何にも違和感を感じなかったとすれば、それは少し注意が必要です。

だって、ユニークな存在である僕らの趣味判断が全て同じに傾いているという事ですよ。これこそまさに没個性じゃないですか!「右向け右」という状況ですよ。

先ほど僕は僕らが生きている世界は、多岐に渡る可能性と同時に可能性が枠が絞られているとお伝えしました。

それは、僕らが生活している現状は非常に豊かで、本当なら過去に感謝しなくてはいけない事に関しても、あたかも自分たちの生得的な権利と感じ過去への忘恩の結果、自分という内に閉じこもり、そして皆同じものを食べ、同じものを見て、同じ事をして、同じ意見を言う、という没個性の波がこんなにも身近なニュースからも見て感じ取れるという背景があるからお伝えしたのです。

もしあなたが今現状の状態に満足していないなら、まずは「同じものを食べ、同じものを見て、同じ事をして、同じ意見を言う」という世の中の現状に気づく必要があります。

それは当たり前といえば当たり前です。右向け右の現状であなた自身何か違うと感じているならば、左を向くしかないですからね。ちなみに余談とはなりますが、よく「類は友を呼ぶ」とか「自分の生活レベルを知りたかったら周囲の人間を見ればよい」とか言われる事も、この没個性の視点で考察してみるとまた新しい知見が手に入ると思いますよ。

で、話を戻して。

じゃ実際に現状に満足いっていないならどうしたらよいか、という問題について考えてみたいと思います。

2.「自分らしく生きる」一番それが難しい

まー結論から言えば「自分らしく生きる」としか言えないと思います。とはいえ、これではあまりにも抽象的すぎるので、決して答えではないですが今僕が考える見解をあなたにお伝えできればと思います。

まず、「自分らしく」ということに関して。

もちろんあなたも好きなことをして生活できたら幸せだろうな~、と一度は考えたことがあるかと思います。僕は「自分らしく」という事を考える時、いつも所ジョージさんを思い出します。男の子なら誰しも子供時代に秘密基地ごっこという遊びをしたかと思います(女の子でもしたかもしれませんが)。自分の好きな玩具や漫画を持ち寄り、当時うるさい存在であった親や先生から解放されて、友達とあーだこーだと遊ぶ、それはそれは夢の世界が秘密基地です。秘密基地で遊んでいる子供にとっては、秘密基地が世界の全てなわけです。そんな世界の中では自分らしさというものが十全に発揮できていたと思います。ただ悲しいかな大人になるにつれ、色々な制約が付きまとい誰しもが秘密基地の存在を忘れて、知らぬ間に「自分らしく」とは程遠い世界の住人と成り果ててしまいます。

そんな中、大人になっても「自分らしさ」を体現しているのが所ジョージさんです。世田谷の成城という所謂日本有数の高級住宅地に『世田谷ベース』という仕事兼遊び場を建て「自分らしさ」を体現しています。『世田谷ベース』が所ジョージであり、それこそ「自分らしさ」の現れなのです(ちなみに所さんは『世田谷ベース』以外にも『沖縄ベース』『山中湖ベース』『八王子ベース』も有しております。最近では北野武さんが『世田谷ベース』を真似した『等々力ベース』を建設しましたよね。「自分らしさ」のオンパレードです)。もちろん所さんが自分らしさを体現する為に、彼のビジネスアイデアというかビジネスモデルという根底があるわけですが、じゃ我々も所さんと同じように「自分らしさ」を体現した人生を送るにはどうしたらよいかという点に関して、まず基本的に忘れてはいけないことがあります。それは、

社会があって、自分がある

ということです。社会的動物である僕ら人間は「自分らしさ」を考える際にも、やっぱり社会というものを前提に考えなくてはいけないと僕は思うのです。ただここで少し注意が必要です。もし「自分らしく」を間違った形で狂信してしまうと、それこそ今流行の「正義」じゃないですが、「自分らしさ」を体現するためには人を殺してもよい、という発想に繋がってしまいます。こういった狂信主義とならないように中庸のスタンスは忘れてはいけません。

ちょっと話がそれました。

所さんだって社会の存在を無視したところではあのライフスタイルは手に入りません。テレビなどではそういったことを決して放送しないので、勘違いしてはいけません。テレビは僕らの感情に訴える事しか放送しませんから。もしかしたら所さんは自分の秘密基地をテレビで放送なんかしたくないのかもしれませんよ。でも彼の望む人生を体現するために、所さんの中で比較した結果、その必要があり、あのようなライフスタイルを僕らにテレビを通じて見せているだけかもしれません。これは所さん以外わからないことですが、ここで言える事は、やっぱり所さんも社会というものがあって所さんがあるということなのです。

では、もう少し社会との関係性について考えてみましょう。

今度はあなたの現状に引き込んで考えてみます。でも決して難しく考えないで下さいね。だってあなた自身の置かれている状況・環境を考えてもらえれば社会との関係性は一目瞭然ですから。

それは、あなたが日本国籍を有しているというだけで、世界有数の豊かな国から守られて存在している人間であるという事実に気づけるからです。インフラは整い、乳児期に病死する確率は限りなく低く、先ほどと繰り返しにはなりますが、それこそ多くの可能性をもたらしてくれているその大きな根底に日本という社会があります。

この事実だけとってみても、社会とあなたを切り離して考えることができないという事に気づいていただけたかと思います。

もちろん、社会からの恩恵に対して、社会が僕らに求めるものがあります。税金や規律の尊奉です。もちろんその仕組みに関して、あなたも色々と考える事はあるかと思いますが、本日の主眼はそこにはないので割愛しますが、まー簡単にいえば「Give and Take」ということですね。

ですので、やっぱり「自分らしさ」を求める際にもこの「Give and Take」を考えなくてはいけないのです。

つまり、あなたが属する社会(ここでは日本という社会だけではなく、会社や学校、家族や友達関係など全てを包括して考えてください)に於いて、あなたが求める「自分らしさ」の何処に基準を置くかということです。

例えば、会社勤めをしているサラリーマン(わかりやすく営業マン)を想像してみて下さい。数字(売上)が全く上がらなく、上司からは罵倒され、同僚からは蔑まれ、お客様からはクレームばかり、仕事が嫌で嫌でしょうがなく朝が来るのが怖いという場合でも、月~金で会社に行きさえすれば、毎月規定の賃金はもらえるわけです。それは会社が決めたルールの規律を守っているからのTakeなわけです。

もしこのルール内であなたの「自分らしさ」が体現できるというのであれば、このルール内で「自分らしさ」を目指せばよいだけなのです。

もしあなたの「自分らしさ」が月~金 9~18時で拘束されてしまうと体現できない、というのであれば、このルール外(会社を辞めるとか、派遣などで働くなど)に自分の身を投じ、「自分らしさ」を目指すしかありません。

このように決してあなた一人でこの世を生きているわけではありませんので、あなたの周りの社会というものを考慮した上で「自分らしさ」を考えないと、検討外れの結果に帰結すると僕は考えています。


では、ちょっとここで視点を変えて。

結局は「自分らしさ」って何なんだよ!
それがわからないから悩むんじゃないか!

という点に関して。もちろん、これも僕の今の見解ですので、決して正解ではないのですが、やっぱりこういった悩みは、

  • 今現状のあなたの地図がないから

発生する悩みだと僕は考えています。海外旅行に行ったことのある人ならわかると思いますが、もし仮に地図(ガイドブックなど)も何も持たずに海外に行くのって不安じゃないですか?言葉も違う、文化も違う国ですから、不安という感情が出てくるのは普通だと思います(とはいえ、僕の友人に何名かいるのですが海外に行く際に全く何も持っていかない人がいます。右も左もわからない状況を楽しむ、とその友人は言っていました。こういう人も少なからずいることはいるのが事実ですが、ただ多くの人にとっては不安という感情が発生すると思いますのであまり気にせずに先に進みましょう(本当はこういった進め方をしてしまうと、排外思想を生み出しやすく、注意が必要なのですが))。

ですので、やっぱり現状のあなたの地図がないとそりゃ不安になるのも頷けます。では僕がここでいう「地図」とは具体的にどういったものか?もちろん実際に地図という物質があるわけではありません。僕がここで言う地図は

  • 自信

という意味で用いています。それはつまりどういう事かといえば、もし仮にあなたがサラリーマンだったとして、独立したいと考えていたとします。とはいえ、あなたには家族もいるし、ローンもある、もとより独立してやっていけのか?という不安があなたの独立を足止めしていたとします。じゃいつ独立しましょうか?確信が持ててからでしょうか?もちろんこれではいつまで経っても独立はできませんよね。ではやってみなくてはわからないと一か八かの賭けで独立してみましょうか。その要素はある程度必要かと思いますが(思いっきりという意味で)、一か八かの賭けでは負ける確率の方が高いと僕は考えます。同じ事をするでも、自信がある人とない人ではその結果は想像に難くないと思うからです。

ただ、ここで誤解して欲しくないのは、自信と確信は違うということです。

人生に於いて100%確信できることはないと今の僕は考えています。だって、絶えず今が変化しているのですよ。一寸先は闇じゃないですが、一寸先は可能性で溢れている現状ですから、確信できると思う、感じる、なんて、神でもないかぎり無理だと思うのです(あくまで私見です)。ですので、確信を待っていてはいつまで経っても1歩を踏み出せません(確信を勘違いして1歩を踏み出すという事はあるかと思いますが)。

では、地図(=自信)を持った状態で独立していると考えてみて下さい。さっきの状態(地図(=自信)を持たない)よりはうまくいくと思いませんか?もちろん、正解はありませんので“絶対”ということは無いかもしれませんが、とはいえ、先ほどの地図(=自信)を持っていない状況と比較してみたら、独立で成功する確率は高くなると僕は考えます。後に説明しますが、「男は背中で語る」という状態が僕がこう考える根拠です。

先ほどから例として独立を取り上げていますが、これは「自分らしさ」を発揮する全ての場合に当てはまるケースだとお考え下さい。友達との信頼関係、家族との絆、会社での自分の立場など、あなたが生きていることによる全ての「自分らしさ」を体現する場合の土台に重要だと思うのが、地図(=自信)だと今の僕は考えています。

ちょっと文章がとっちらかってしまったので、整理してみましょう。この2項目のここまでで僕があなたにお伝えしたことは以下2点です。

  1. 「自分らしさ」は社会があって成り立つもの
  2. 「自分らしさ」を見つけられない、というのは、地図(=自信)がないから



そして、最後に「自分らしさの地図」というものに関してです。

現代は没個性の時代だと1項目目でもあなたにお伝えしました。そんな時代の中、人と違ったことをするには勇気が必要です。その勇気を養う1つが、

  • 知性

です。あなたの中で今まで経験・体験した全てのことを整理統一して認識・体系化する力とでも言いましょうか。これがあることによって、自然と今自分が行っている事に自信が持てるようになります。というか、自信が持てることしかできないようになります。もちろん、正解はない世界ですので、あなたの前に道はありません。もしかしたら検討外れの道なのかもしれません。しかし、知性という自信を持って行った行動は、必ずあなたの「自分らしさ」というおまけが付いてきます。これが、

男は背中で語る

という状態です(女性ももちろんそうですよ)。僕らは幼き頃から「正解」を与えられて育てられたといっても間違いではないように思います。学校教育はテストの点数で優劣を決める場所ですので、僕らは自然と正解を求めて生きてしまっているからです。

ただ、あなたが求める理想とする人生は既に誰かが実現しているものですか?違いますよね。だってあなたはユニークな存在ですから、あなたの理想とする人生はあなたにしか創れないわけです。つまりは、正解のない世界にあなただけの正解をあなたが創るしか方法はないわけです。

もちろん、これはすごーく難しい。僕だって理想の人生を生きているわけはありません。だけど、地図(=自信)を毎日更新しつつ、自分だけの理想とする人生を自分で創る方が、没個性の中に埋もれるよりも全然楽しいことは理解していますし、難しいからこそやりがいはあるものです。

毎日、周りと同じような生活をし、同じような物を食べ、同じような服を着て、同じようなテレビを見て、同じようなことを話す。

これでは、あなたの「自分らしさ」は体現できません。

没個性という波から抜け出すには、あなた自身の「自分らしさ」を見つける必要があり、それにはあなた自身の地図(=自信=知性)が必要です。あなたの地図を創る訓練を日々してみてはいかがでしょうか。

以上、本日の日常考察でした。
ここまで読んでくださってありがとうございました!

2011年1月27日
山本 和広

日常考察

  • 没個性に気づかずに生きるという事は、つまり今と何も変わらないという事。
  • 少しでも今を変えたいと思うなら、正解のない世界に、あなたなりの正解を自ら創る努力が必要である。

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